行って見たところ 湯抱 <その1> 

 広い石見銀山の観光エリアを一通り見た後、車に戻り運転席を倒して心地よい疲れを癒していた。すると運転席の窓ガラスを叩く音がする。目を開けると制服姿の若い女性が手にした地図を指差し微笑んでいる。どうやら「石見銀山世界遺産センター」の受付の女性らしい。実は車に戻る前に、次の目的地である湯抱(ゆがかえ)への道をセンターの受付で訊ねていたからである。

 窓を開けると「近道でいい道があります」と地図を私に示し、とある間道(農道)を教えてくれた。手持ちの地図では、石見銀山から湯抱までの間道に不安があった。地図の道が他と比べ、線が細過ぎるのだ。実は前々日うっかりカーナビの示す間道を走り、対向車とすれ違うことも儘ならない細道に肝を冷やすことがあったからだ。私の質問が唐突だったのか、女性の返事は明らかに躊躇を示す不安なものであった。このため多少時間が掛っても安全なルート、つまり県道三十一号を南下し、石見川本から県道四十号を粕淵まで北上するつもりで車に戻った。女性の手にした地図では確かに赤い太い線で石見銀山から湯抱まで最短距離を走る線がある。

 女性は「農道ですが、いい道です。私も走ったことがあります」と今度はきっぱりと言った。それにしても、広大な駐車場の、しかも数ある車から私の車を良く探してくれたものだと恐縮しながら礼を言うと「埼玉県から来たとお聞きしたので」と笑いながら車のナンバーを指差した。教えてもらった道を走り出すと、なるほど快適な舗装道で、ほどなく湯抱に通じる国道に突き当たった。

画像
           女良谷(めらだに)川
     湯抱温泉の側を流れる江の川の細流、「斎藤茂吉
     鴨山記念館」の前で江の川の支流と合流し江の川
     に注ぐ。人麻呂の歌う石川は江の川を指すと言わ
     れている。茂吉も人麻呂の終の地を追い江の川を
     遡り最終的に湯抱に辿り着いた。砂鉄のせいだろ
     うか、川石が少し赤い。

 国道は国土交通省、県市町村道は地方自治体の管轄であるが、農道は農水省の管轄に入り「道路法」の規制を受けないらしい。最近の農道は県道・市町村道よりも立派なものが多く、その分交通量もある。にも拘らず交通標識や地図には現れない農道があるようだ。現に私が走った農道は標識を見ると行先名のない白い白線が、ちょこんと出ただけの間道を示すものだった。これでは地域を走る遠来の車が戸惑う。このため、その地方の慈善団体が農道を含めた独自の地図を作り主要ターミナルなどで配布しているようだ。先ほど受付嬢から渡された地図には「銀山&おおち近道MAP」という表題がついており、邑智郡広域振興財団という財団法人が発行している。この種の地図がないと安全で効率のよいドライブは出来ないようだ。これも縦割り行政の弊害であろう。

画像
          「斎藤茂吉鴨山記念館」
    歌人斉藤茂吉は昭和五年から十二年の間に都合五回の
    現地踏査をして、人麻呂の終焉の地を湯抱に近い鴨山と
    定め学会に発表した。

 湯抱に向ったのは「斎藤茂吉鴨山記念館」に寄るためである。何故この山深い奥出雲に「斎藤茂吉鴨山記念館」があるかといえば、斎藤茂吉が柿本人麻呂の終焉の地を湯抱の鴨山と定めたことによる。湯抱のある美郷町がこれを記念して湯抱温泉の近くに、こじんまりとした記念館を開設したようだ。国道三七五号線に入り暫らく走ると「斎藤茂吉鴨山記念館」が左手に現れた。車を止め記念館に向うと残念ながら休館日でひっそりとしている。

 案内板によると、水・日・休日が開館日である。訪問したのは平成二十五年十月十九日、土曜日である。事前調査の迂闊さを悔やんでも既に遅い。本音を言うと今回の旅の目的は「タタラ」にあった。、吉田町の高殿(タタラ施設のある建物)周辺を事前に地図で確認しているとき偶然「斎藤茂吉鴨山記念館」を発見、そこが人麻呂終焉の地であることが分り折角なので立ち寄って見ようと思ったのである。

 歌聖柿本人麻呂については、後世「歌聖」とまで尊称されていながら日本の正史(例えば『続日本記』)に登場せず、『万葉集』に人麻呂の作品と作品に伴う僅かな文章しか記録に残っていない。このため、その生涯は全く闇の中で、謂わば『魏志倭人伝』の五五六文字から邪馬台国をめぐる大論争が起こったように、人麻呂についても『万葉集』の解釈をめぐり古今の論争が絶えない。

 かく言う小生も気軽に立ち寄ったものの、湯抱とタタラの町吉田町は近い。このため人麻呂が奥出雲の古代製鉄を管理していた地方役人であった可能性も高い。そう思うとにわかに人麻呂のことが気になりだした。このため、帰宅後のここ数日は以前に読んだ古代製鉄や人麻呂の本を引っ張り出して読みふけっている。
(2013.11.17)

<つづく>

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック