円の発想 <その11>

 私は俳諧・俳句に決して難しい理屈付けをしようとは思わない。しかし俳諧・俳句を知ろうとすると、そう単純な詩形ではないことに気付いてくる。これは俳句を詠まれた方なら何方でも感じることであろう。以前、現代詩をやられた方が句会に出席し、自作への批評に戸惑っている姿を拝見したことがある。そのとき私は気の毒に思い、自分の経験を踏まえた上で率直に「俳句は現代詩のフレーズを、単純に五七五で切り取ったものではないようです」と申し上げたことがある。その方はキョトンとして私を見ていたが、その時はそう言う以外に言葉がなかった。

 俳句の初心者に前章で述べた外山滋比古流の西洋詩形との違いを踏まえた俳句礼賛の趣意をいくら説明しても、そう簡単には理解してもらえない。大部分の初心者の頭脳は、外山氏の言葉を借りれば「ヨーロッパ風の絵画遠近法の枠の中へしばりつけられてしまっている」からだ。

  いや、そのような現象は俳句初心者だけではない。誤解を恐れずに言えば子規が開いた明治以降の近・現代俳句の流れがそうであったとも云える。只一人その潮流に竿を挿し続けたのは高浜虚子一門のみではなかったかと思う。あの時代にあって、誰もが些か時代遅れに映った「花鳥風月」を旗印に、懸命に「伝統の心」を守ったのは虚子一門とも云える。その点において虚子は、子規同様に凄い俳人だったと思う。

 子規が自分の後継者に碧梧桐ではなく虚子を選び、二度にわたり懇願したが二度とも断られたという有名な話がある。虚子が断った理由については、その筋の研究者によって種々取りざたされているが、私は二人の資質と俳句への姿勢の違いから当然の帰結であったと思える。近代主義者を自称する子規は、勤務する新聞日本の関係から国民主義的な視点で俳句を見ていると私は思っている。

 一方、虚子は出自が松山藩のお抱え能楽師であり伝統的芸能を墨守する家系で養育され「謡は俳諧の源氏」(西山宗因)の世界を熟知した上で俳句を見ていたと思う。
 だから虚子の俳句の見方は、子規の見方を理解はできるが得心は出来ないものがあったと思う。子規亡き後、虚子は長男年尾に連句復活の夢を託したのも、その現われだったと思う。結果的に、虚子のその姿勢は、前章で述べた「文化統合システム」としての俳諧精神が明治以降も存続することに大きく貢献したと思う。

画像
            <火焔土器>
     1936年、新潟県長岡市の馬高遺跡で近藤篤三郎ら
     により初めて発見。現在では、新潟県を中心に近隣
     の県から約200器ほど発掘されている。かつて岡
     本太郎は火焔土器を見てその芸術性に肝を潰すほど
     驚いたという。その複雑な形状や焼き方は、現代の
     陶芸家でも簡単には再製出来ないという。土器には
     煮炊きした焦げ跡がある、それが実用に供されたの
     か祭祀用かは解明されていない。火焔土器は縄文中
     期ごろに作成されたと見られている。

  さて、話題を変えて今後の俳句や連句の動向、およびその可能性について考えてみたい。ネット上に面白いデータがあった。静岡教育サークル「シリウス」というブログである。そのなかで森竹さんという小学校の先生が掲載しているものがある。読み進めると森竹さんが学校教育に真剣に取り組んでいる様子が伝わってくる。私が興味を持ったのは、社会科の授業で縄文時代と弥生時代が終わった後に生徒に取ったアンケートである。森竹さんは今後の授業を進める参考に取ったデータであるが、その内容とその後に森竹さんのとった教育姿勢は非常に興味のあるものであった。設問とアンケート結果は以下の通りである。

 ◇ <設問> 「縄文時代と弥生時代,どちらが幸せ?」
      縄文時代       弥生時代
      31歳    ←→  40歳くらい
      狩りや漁   ←→  稲 作
      食料不足   ←→  おいしいお米
      さまよう暮らし←→  定 住
      平 等    ←→  貧富の差
      みな同じ   ←→  負ければ奴隷のような暮らし
   <結果> クラスでは一方的な結果になりました。
     < 縄文時代が幸せ >  31名
     < 弥生時代が幸せ >   3名

 ◇ 生徒たちの反応です。
    < 縄文時代が幸せ > 31名の主な理由
     ・弥生時代は殺し合っているし、身分の差がいや。
      縄文は、ほのぼのとした感じがある
     ・みんな平等だし、争いごともないから
     ・争いがないから、縄文の方がいい
     ・身分の違いがないから、穏やかに暮らせる
     ・もしわたしの身分が低ければ、全然お米を食べられな
      いと思うから。でも縄文ならみんなの身分なんか関係
      なしで、みんなで助け合って生活できるし弥生時代は
      殺しあいをしているからいやだ。
   < 弥生時代が幸せ >  3名の理由
     ・もし卑弥呼みたいな高い身分だったら、弥生時代がい
      いかも知れない。でも争いや貧しい身分だったらいや。
     ・ぼくは弥生時代で30才で死ぬよりましだから。米も
      少しはもらえたと思う。
     ・身分の違いが大きいけれど、ほんの少しでも米は食べ
      られるし、少しでも長生きできるから。

 ◇ これに対する、森竹さんの感想は以下の通り。
     ・弥生時代後期まで学習したあとに討論したからだと考
      えられます。
     ・弥生後期は争いや貧富差が生まれたことを学びました。
     ・戦争や奴隷の暮らしのイメージが強すぎたのかも知れ
      ません。

 ◇ その結果、森竹さんは「圧倒的に、縄文時代が多かったで
    すが、このあとどう切り返すか」を考えています。
     ・再度、縄文時代と弥生時代の授業を比べよう。
     ・森竹先生の身分は、決して高くないけれど、現代で幸
      せに暮らしているよ。
     ・このクラスは平等なはずですよね。でも本当に平等な
      んでしょうか?

 竹森さんのブログは、だいたい以上のような内容です。

 実は次に書くことは、あまり気乗りしない。しかし書かないと今まで述べてきたことが徒労に終わりそうである。気乗りしない理由は幾つかある。その最大の理由は前出の外山滋比古氏の言葉を借りれば「文献学的絶対的思考」が支配的な読者の方の冷笑が見えるからである。ただ私は俳句を嗜んでいる。その意味で外山氏のいう俳句的「異本に寛容」な考え方に立たねばならない。本論の掉尾に差し掛かっていることもあり、勇を鼓して述べてみたい。

<つづく> 

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