たたら その5 <道具に見る韓国と日本>

 ここまで書いてきたが、たぶん読者は「たかが鉄じゃないか」と思われているに違いない。実は私も最初はそうだった。ところが鉄が次第に分かりはじめると、一挙に鉄のことが知りたくなる。鉄と言っても鉄の成分や硬度の事ではない。鉄が人間社会、特に日本・および日本人に与えた影響について知りたくなってくる。例えば隣国韓国と日本の違いや、日本と西洋の違いが鉄を通して説明できそうであることを、司馬の『砂鉄のみち』は教えてくれる。

 『砂鉄のみち』の中に、韓国社会について記した部分が幾つかある。その一つに司馬が韓国通の若い写真家に「朝鮮の用具や調度には、刳(く)りぬきの仕事が多いね」と語りかけるシーンがある。この件(くだり)を要約すれば、韓国と日本の調度品の差は両国の道具の差ではないかという推論にある。すなわち韓国の用具・調度は刳(く)りぬかれた製品が多い。これに対し日本のそれは比較的目的に叶った精巧な製品が多い。これは道具の種類の差によるもので、つまるところ道具の素材である鉄の供給量の差ではないかというものである。

 かつて司馬が韓国を旅した際、そこで見た調度品を見て天啓の閃きのようなものを感じ取る。つまり両国文化や国民気質の違いは道具のバラエティーの差からくるものではないかという閃きである。つまるところ、鉄の供給量の多寡による差ではないかというものである。その後、司馬は沖縄に旅するが、そこでもかつて韓国で感じたと同じ「大らかさ」を社会や人心から感じ取っている。これも韓国同様、古代・中世における鉄の供給量の差にあるのではないかと推測し、日本の道具の多さを司馬は次のように表現している。

 江戸時代の大工道具の多種類さはおどろくべきもので、その一目的一道具という道具面での精巧さが、あの工芸の琑末主義としか言いようのない江戸期の建築、建具、あるいは調度品における幾何学的精密さをつくりあげた。 (『砂鉄のみち』)

 日本における鉄の供給量の多さが道具の豊富さを生み、そのことが日本人のせせこましさに繋がった。逆に韓国、琉球は鉄が少なかったので、万事がおおらかな国民性を生んだということである。

画像
             <宮大工の鑿>
    何でも、宮大工を長らくおやりになっていた方らしく後
    継者もなく、涙ながらに手放すとおっしゃっておられま
    した。飾っておいても、道具は使って何ぼだそうで大事
    にとっておくよりも誰でもいいから使ってほしいと手放
    していただきました。(略)道具をを見れば大事に使っ
    ていたのは分かります。これはほんの一例、鑿ばっかり
    です。その他に、鋸が20本。鉋は、いろんな形の種類
    がたくさんです。古い物ですが、切れ味は抜群ですよ。
    (ブログ「リサイクルショップ四次元ポケット黒石店」
     より)

 司馬は「だから韓国・沖縄(古くは琉球)は出遅れた」とは一言も言っていない。むしろ韓国・沖縄が古代のある時期から道具をもたないがために残った「大らかさ」を羨んでいるかにも見える。事実、司馬の話相手をつとめている若い写真家は、その「大らかさ」を求めて何度も韓国各地を巡っているのである。それは現在の若者が、目まぐるしい東京の生活を離れて沖縄に旅する心情と同質のものと思われる。

 さらに司馬は、文中で李朝陶器や建築美術に中国や欧州にはない何とも言えない美的要素を見出している。そして、その美しさの根源を以下のように見ているのである。

 その朝鮮特有の美も、豊富な鉄器が工人に強制する幾何学的厳格さや工芸的琑末主義から解放されている場が生んだものであろう。(『砂鉄のみち』)

 『砂鉄のみち』の冒頭で司馬が、しみじみという「多少の奇妙さ」とは以上のことである。つまり人種的には同一にも拘らず豊富な道具を持った日本人と、持たなかった朝鮮人が歩んだ時間に想いをはせ、ある述懐をもって語らせた言葉ではないかと思う。
 その述懐とは、日本に鉄をもたらした朝鮮半島と、その鉄が日本人におよぼした影響の大きさのことであろう。実は朝鮮半島と日本は、そう思わせる「奇妙」な関係があるからである。たたら製鉄を語るに上で、この鉄をめぐる「奇妙」な関係を知っておくことは重要である。

<つづく>

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