『土佐源氏』考  〈その六・完結〉

 確かに柳田には民俗学の確立という大目標があり、方法論を確立する上での焦りがあったかもしれない。雑誌『民間伝承』発刊を契機として民俗学研究者が全国的に広がりはじめた昭和十年頃、柳田は地方の民俗学愛好者(フォークロアー)が土地の民俗調査時に便利な分類法を考案し全国展開を図ったことがある。これは全国に根付きつつあったフォークロアーたちの組織化が念頭にあったと思われる。この分類法で調査した素材を中央に送ってもらい、それをもとに中央で民俗学的な調査報告書を作成し、ゆくゆくは民俗学の大系化を目指そうとしたのである。この動きは民俗学を学問として根付かせるために柳田が考えた全国のフォークロアー組織化が目的であったと見られなくもない。

 しかし、この中央の機能が家永から批判をうけることになったのである。この批判は批判の視点が異なるが、大正初期に柳田が南方熊楠から受けた非難と重なる。南方熊楠の非難とは柳田が大正二年に雑誌『郷土研究』を創刊した際に、南方熊楠が、単なる分類表による調査では意味が無く「その村などの社会の仕組みとか制度も研究しないと本当の民俗学にはならない」(佐野眞一編『宮本常一』p159~160)という南方の主張のことである。つまり南方は、柳田が中央でやろうとしたことを地方でやらなければ真の民俗調査にはならないと非難したのである。

 私の見るところでは、民俗学の困難さは柳田が中央でやろうとしたことにあるのではないかと思う。この機能は、それなりの確としたバックボーンを持った人材でないと出来ない技と思うからだ。たぶん柳田の言う「借り物の学問」に首まで、どっぷり浸かった人間では成し得ない技ではないかと思う。その技が、どのようなものかを知るには、たぶん柳田の厖大な著作に目を通し、柳田の生い立ちから成年までに何を体験し何を学んできたかを知ることであろう。それが柳田の思想を把握する近道ではないかと個人的には思っている。

 柳田のもつ知識とその思想の凄さは、柳田の近辺の者、例えば折口信夫や宮本常一、さらには柳田が長年主宰していた「木曜会」のメンバーが知るのみであったと思われる。しかし柳田亡き後、それがそのメンバーに継承されたかは疑わしい。それは、かつて柳田が亡くなった時、文化人類学者である山口昌男が「柳田に弟子なし」(『論争』昭和37年10月)と長嘆したことでも分かる。継承されなかった理由は、前述した柳田の個性的性格もあろうが、やはり伝授・継承が難しいテーマなのかもしれない。このことは、現代日本にある唯一の「日本学」、日本民俗学の今後の大きな課題でもあろう。

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         < 谷川健一(1921~2013)>
     日本の民俗学者、地名学者、作家、歌人。日本地名
     研究所所長。在野の学者として日本文学や民俗学
     の研究をおこない多くの研究書を著した。日本文学
     の源流を沖縄・鹿児島などの謡に求め「南島文学発
     生論」などの業績をあげた。文化功労者。新住居表
     示制度での全国の町名変更に対して抵抗した。

 柳田のこの方法は、柳田亡き後内部からも批判が出ることになる。批判者は渋沢の下で実際に地方を歩いていた宮本である。宮本は谷川健一との対談で、柳田亡き後の現状を憂い以下のように述べている。

 やはりもう一度、そこ(南方の指摘した原点:作者注)に帰らないといけないんじゃないですか。何だか、現在の民俗学は、宙に浮いて、いくらいろんなものを集めてみても復元にはならない。復元できなきゃ学問にはならない。全然別なものができ上がって来て、これが復元だというのでは、大変おかしいことですね。(『フォクロア』2号「現代民俗学の課題」)

 これは、遠回しの柳田批判と取れなくはない。何故なら宮本の批判は、それだけに止まらなかったからである。従来の柳田-折口の目指した民俗学のやり方、つまり霊魂とか魂とか信仰とか、目に見えないものや言葉を扱うその方法論も否定したのである。つまり宮本には、自分の仮定が先にあり、それを全国から集めた民俗資料で裏付けをとり大系化してゆく柳田ー折口の方法が気に入っていなかったのである。実は、宮本は全くその逆の方法を取っていたからである。すなわち数多くの事実を積み上げて、その中から最小限に言えることだけを引きだす立場を取っていたのである。宮本からすれば、柳田ー折口の方法に次の三点で不満を表明したのである。

 ・現地でなく中央で立論すること。
 ・初めに仮定を置き多くのデータから合致するものを取ること。
 ・道具や古文書ではなく霊魂・信仰などの見えないものを相手
  にしたこと。

 この批判は、現代の一般的な学者の態度にも繋がる批判でもある。自分の仮定が先にあり、それに合った文献だけで立論し、現場、現物、現実を全く優先しないという学究態度である。
 宮本は晩年近くなると、はっきりと柳田批判を口にするようになる。例えば日本は稲作単一民族であるという前提に立った柳田の『方言周圏論』を取り上げ、明確な異議を表明するようになった。宮本の長年の調査によれば、明らかに東日本と西日本は異なるという実感をもっていたからである。そしてそのような萌芽はすでに『忘れられた日本人』からも読み取れると前出の網野は自著で述べている。宮本のこの日本国複数国家論はやがて、網野に引き継がれ現在では赤坂が継承している。


 だからと言って私は柳田を否定するつもりは毛頭ない。柳田は巨人であり、宮本も巨人であった。各々が果たした役割が全く違うからである。その役割を谷川健一は次のように話している。

 (長い間)民俗学を生涯の仕事としていいか確信が得られなかった。それが宮本さんに会って、はじめて「この学問は間違いない」と確信しました。宮本さんの姿に感動したのです。柳田さんにはダルマをつくってもらい宮本さんに目を入れてもらったようなことで、いくらつらくても、いろいろなことがあっても、民俗学の仕事をやることに後悔しないという覚悟を決めたのは、宮本さんのあの生き生きとした世界に触れてからでしょうね。(佐野眞一『宮本常一』60頁)

 さて、谷川のいう「ダルマ」であるが、谷川はその「ダルマ」らしきものを自著で以下のように述べている。当時三十代の谷川青年が周囲の雰囲気に付和雷同することなく確かな眼力で自分の進路を見極める態度がいい。私は谷川のように物事を疑ってかかる男が好きだ。何も考えず黙って誠実に生きるのも良いが、次に示す谷川のように逡巡し納得し邁進する男が好きだ。少し長文であるが紹介したい。

 私がふと手にした本が、カナの水甕を酒に変えはじめたのだった。それは柳田国男の『桃太郎の誕生』との出会いであった。それまで私は戦後思想のある側面にどうしてもついてゆけないものを感じていた。それを一口に言うとなれば、民衆啓蒙思想ということができる、マルクシズムにせよ、西洋型民主主義にせよ、私にはそれがやり切れない。近頃はだいぶ少なくなったが、作家の書く社会論ふうの人生論にもそれは、残っている。この啓蒙思想のいちばんイヤなところは人民をもちあげたり、君と僕とは同じ人間だと猫なで声で言いながら、民衆を見下していることである。しかもそれに本人は気が付いていない。その原因は本人がいつも人民とか市民とかを抽象的に考えて物を言っているからだ。普遍的な人間の認識であるかのように言いながら、その実、ヨーロッパ中心主義やヨーロッパ第一主義を克服できないイデオロギーにたいする私の不信感は、人民や市民という言葉をふりまわす連中への不信とつながりあっていた。そうした戦後思想への不信と空虚感は、柳田の『桃太郎の誕生』を読むときに、春の淡雪のように消えていった。(略)私は『桃太郎の誕生』をよんで日本人の幸福への自信といったものをはじめておぼえたのだった。(「成熟へのひとしずく―柳田民俗学との出会い」『春秋』昭和47年2、3月)

 谷川は「ダルマ」というフレームワークを柳田から授かり、「庶民を見る目を宮本から得た」ということになろう。
 どうやら、柳田と宮本の関係を一口で言えば次のようになりそうである。

 柳田国男は日本民俗学を、日本という国土にすでに生まれた者、現存する者そして将来この国に生まれる者のための学問と定義したが、宮本はその意味で、学風は大きく違っても、柳田の正統的継承者だったということができるだろう。(佐野眞一『旅する巨人』あとがき、p352)

 そろそろ日本は「借り物の学問」から離れ、日本民俗学と並ぶ「日本の学問」を、さらに幾つか興すべき時期にきているようだ。
 
< 了 >

<参考文献>
・宮本常一『忘れられた日本人』岩波書店、1984年5月16日
・宮本常一『民俗学の旅』講談社、1993年12月10日
・佐野眞一『旅する巨人-宮本常一と渋沢敬三-』文芸春秋社、
       平成八年十一月三十日
・佐野眞一責任編集『増補新版 宮本常一-旅する民族学者-』
       河出書房、2013年7月17日
・網野善彦『「忘れられた日本人」を読む』岩波書店、
       2003年12月16日
・網野善彦『日本論の視座-列島の社会と国家-』小学館、
       2004年8月10日
・中沢新一・赤坂憲雄『網野善彦を継ぐ。』講談社、2004年6月25日
・網野善彦・鶴見俊輔『歴史の話』朝日新聞社、2004年5月25日
・加藤守雄『わが師 折口信夫』朝日新聞社、1991年11月15日


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