上田正昭と白鵬 <その1>

 今日から4月である、3月のニュースで気になることが二つあった。一つは3月13日に歴史学者上田正昭が亡くなった記事である。行年八十八歳であった。上田さんの著書を読み始めたのは数年前からであるが、古代特に縄文時代の魅力を教えてもらった。日本人の源流のようなものが知りたくて古代史に関係する本を読んでいる時に上田さんを知った。 日本人の源流と大袈裟なことを書いたが、それを知りたいと思ったのは俳句で気になることがあったからである。実は私の心の中にいつの頃か顔を出している一つの仮説がある。それは俳句の選、つまり選句能力や連句の付け心に、ある特殊な感性が日本人のDNAにあり、これが時代を超えて我々日本人の中に受け継がれているのではないかという、たわい無い仮説である。随分と突飛な話かも知れないが最近このことを本気で考えている。そう言う時に上田さんの次の一言に出会ったのだ。

 「梁塵秘抄」のなかに「仏も昔は人なりき」とありますね。ああいう考えはすごいと思いますね。だから、唯一絶対の神を奉じてはいない。まさしく縄文的発想で、こういう思想こそ、二一世紀の共生の論理につながる。自然のなかに神を発見し、自然と共に生きる思想であり、信仰でしょう。縄文的な原初の信仰は、まさにそういう信仰ですからね。そういう意味では、やはり原初の思想をもう一度再発見する。われわれは見失ったものがあまりにも多い。<『「日本」という国』大和書房、2001/11/30、p75>

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       <上田 正昭(1927年~2016年)>
    日本の歴史学者、小幡神社宮司、歌人。兵庫県城崎出身。
    京都大学名誉教授、朝鮮半島渡来人の命名や天皇に関す
    る著書と言動から左翼者の代表と見なされ「東の○○、
    西の上田」と呼ぶ人もいる。

 私はこの言葉に誘発されて縄文時代関係の本を数冊読んでみた。すると我々がそれまでに学校教育で得た、原始的で未開な縄文のイメージは一新されてしまった。むしろその後に続く弥生や古墳時代よりも、私には遥かに魅力的な時代に見えるのである。特に近年の青森県三内丸山遺跡の発掘調査以降は驚くべき事実が次々と報告されていて、従来の原始、狩猟、未開という縄文のイメージは完全に払拭されているのである。それから、もう一つ分ったのは文明・文化とは物質的な面と精神的な面の相乗作用で生まれるが、物質的な面は産業革命以降劇的に変化して来た。これに対して精神的なものは、ほとんど変化していないことである。

 一般的に自然科学の発達で精神面も大きな進化があったと思われているが、これは物質面の変化に引きずられたもので物質面の変化の理論化に過ぎない。例えば、日本人の死生観は未だに縄文時代の死生観に近いものがある。つまり根本的な点で精神面の変化はなく、むしろ自然科学の発達で後退しているかもしれない。例えば日常の生活における充足感や、死に臨んでの満足感などである。縄文時代の平均寿命は20年からせいぜい30年だったと言われる。それでも日常生活の充足感、臨終時の満足感は平均寿命が80年の現代と比し不足であったろうか、否、私にはそう思えないのである。そういうものは寿命の長さではないと思うからである。

 話は唐突に変わるが、二つ目のニュースが大相撲大阪場所で優勝した白鵬の涙である。賜杯を手にした後のインタビューで白鵬が涙を見せた。この涙が三場所振りに優勝した感涙ではなく、千秋楽の横綱同士の対戦にあったようである。立ち合い直後、大きく左に飛び日馬富士の突進をかわして勝利したからだ。白鵬は賜杯を受けるときは普通の顔つきであったが、インタビューを受ける直前にファンの罵声を浴びた。私が見る限り白鵬はこれで動揺したように見える。またインタビューで侘びた話の内容からも直前の相撲内容を反省するものだったことが分かる。マスコミは例によって本件をコメンティーターの話と共に、私から見れば、ただ面白可笑しく放送するだけであった。翌日に開かれた横綱審議委員会も白鵬の相撲内容に言及はするものの特に厳しい注文は付けなかった。白鵬の涙を見て十分反省をしていると判断したようだ。
<つづく>

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