上田正昭と白鵬  <その2>

 私は白鵬の涙で少々思うことがある。少し大袈裟な言い方になるが、文化とは庶民のものだと言うことである。今回の件は横綱審議委員会の言動よりも、罵声を浴びせた大阪の相撲ファンの方を私は指示する。その理由は、国技と言われている日本の相撲文化を大衆の方が遥かに知っていると思うからだ。もっとも近年の横綱審議委員会は、マスコミ関係者に牛耳られ必ずしも日本を代表する有識者の集団ではないとも聞いている。

 現代は、どんな手段を取ってでも勝負は勝てば良いという考え方は比較的受け入れ易い考え方なのかも知れない。しかしそれで良いのであろうか。国家間の外交や、熾烈を極める企業間競争などにおいては、国家および企業の存亡に関わる問題であるため、あらゆる手段を講じることは知られている事実である。しかしそのような哲学が一般社会で許されるならば、社会は実に息苦しいものになり治安が乱れ国は内部から崩壊するだろう。スポーツ界は、そのような国・企業と一般社会との緩衝材(バッファー)の役割を果たしている重要な領域であると私は思っている。ここが崩れれば、一般生活社会の倫理面に多大な影響が出るのは必須である。だから有識者に任せるだけではなく、大衆がこれを自ら守らなければならないと思う。

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        < 白鵬  翔(はくほう しょう)>
      1985年、モンゴル国ウランバートル市生まれ。
      宮城野部屋所属、第69代横綱、得意手は右四つ、
      寄り、上手投げ、既婚。(Wikipediaより)

 最近のロシヤや中国スポーツ界の薬物問題や、国際サッカー協会幹部の巨額な賄賂問題などは、国威や商業主義とスポーツが不透明に一体化した帰結と思う。また昨今の日本のプロ野球やサッカーも商業主義との結びつきが強過ぎ、早晩そのような弊害に見舞われるのではないかと危惧している。読売巨人軍の野球賭博や清原問題はその予兆であろう。そういうことがスポーツ界の自浄能力で解決するうちはよいが、それが常態化すれば弊害は確実に一般社会に及ぶであろう。例えば、おれおれ詐欺や振り込め詐欺などの社会現象は確実に商業主義のルールが一般生活社会に浸透しつつあることを示しており、このような現象と緩衝材であるスポーツ界の乱れは密接な関係があると思う。そしてその大事な緩衝材の乱れを助長しているのが実はマスコミではないかと私は見ている。最近マスコミを「マスゴミ」と表現する人がネットなどで多くなったが、これは一面の真実を見ている人の言だと思う。マスコミの乱れは社会の乱れに直結していると思う。

 以下のことは文学や絵画にも言えると思うが、日本古来のスポーツ観は明治以降に入った西洋の価値観とは全く違うものであると思っている。因みに明治迄の日本にはスポーツと言う概念がなかったようだ。「道」と呼ばれる自己鍛錬法の一つに武道があり、これが西洋のスポーツの概念に最も近いものと見なした。明治政府はこれを富国強兵の一環として国民の基礎体力向上策に位置付け学校教育で「体育」と称し採用した。日本の「道」は、正々堂々を好み不正や卑怯を最も嫌う日本の文化を端的に体現したものと思う。加納治五郎が明治に柔術を近代化するに当たって、日本古来の「道」の精神を競技者の必須条件にし「柔道」と命名したことは有名である。しかし西洋スポーツの概念は学校教育「体育」を通して次第に国民の間に定着して行き、「道」との距離を開いてゆくことになる。

 剣術がめっぽう強かったが正々堂々の気息に欠けていた宮本武蔵は、昭和に入り吉川栄治が小説化するまで塚原ト伝や源義経のように多くの大衆支持を受けて来なかった。その理由は宮本武蔵の生き方が、必ずしも「道」の道に沿ったものでなかった点を敏感に大衆が感じ取っていたためであろう。現在、宮本武蔵の『五輪の書』が武道の本ではなく企業人にビジネス書として読まれているのはそう言う事情であろう。私の書架でも『五輪の書』はマキャベリズムの本と一緒に並んでいる。

 先にあげた国家間外交や、熾烈な企業間競争などにおける必勝を前提とした厳しいルールは、明治以降に西洋から入った言わば国際標準とも言える。明治以降日本はこの新ルールに準拠した行動を取らない限り、西洋列強にたちまち植民地化されてしまう現実に直面し、為政者は必死でこの導入を図った。つまり日本国内のルール概念では世界に通用しないという事態に直面したわけである。そのような社会的状況の中、文学や絵画などの文化面や、スポーツの指導者達は、新しいルールに逡巡した。その結果各ジャンルの指導者が取った行動には、指導者の個性がまともに現れたように思う。例えば日本画の岡倉天心と短歌・俳句の正岡子規の「写生」への対応を見ると実に真逆の対応であった。

 つまりここで言いたいことは、個々の対応策はともあれ日本人の器用さである。日本文化と国際標準という新しいルールを各分野で共生させたという器用さである。他のアジア諸国は自国文化に拘わり過ぎ、新しいルールに余りにも鈍感であった。このため西洋列強の餌食(植民地)となってしまった。日本人の器用さが危ういところで日本の独立を保ったのだが、その時から日本人は日本式と西洋式、つまり洋風と和風のダブルスタンダードの十字架を背負ってしまった訳である。しかし日本人は、それを器用に使い分けて国際社会と付き合い、実に絶妙とも言えるバランス感覚を発揮してきたのである。

 白鵬から少々話が逸れてしまったが、私は白鵬の涙が気になった。翌日の大手新聞は白鵬の涙が相撲内容を反省したものと一斉に報道した。しかし私はそうではなく、もっと深いところにあると思っている。その真の理由が気になりスポーツ新聞やネットでこの件に関する記事を探して読んでみた。その結果、これが涙の真の理由であろうと思われるものが浮かび上がって来た。それは「真の日本文化の怖さ」が白鵬を瞬間的に襲ったのではないだろうかということである。換言すれば「真の日本人になる難しさ」が分ったのではないかと思っている。白鵬は相撲界に入ってから日本文化や相撲文化に積極的に馴染むことに努めた。その姿勢は同じモンゴル出身の横綱朝青龍に比して遥かに強いものがあった。人生の伴侶である夫人も日本人女性を選び、朝青龍を反面教師としながら横綱のあるべき姿を自分なりに確立して来た。ただ私が調べた限りでは、目標として来た大横綱大鵬の優勝回数を超えたあたりから言動に緩みが出て来たように思う。所謂、審判批判事件である。力士にはタブーであった審判批判を犯したのである。また何故か国籍はモンゴル国のままである。これにはモンゴル国や父親との間に複雑な事情があるのではないかと思われる。

 さて、私が出した涙の結論である。それは大阪のファンが浴びせた「モンゴルに帰れ!」という言葉である。これが乾坤一擲の言葉になったと見ている。何故なら表彰式での観客席は席を蹴った観客でガラ空きであり、拍手もマバラという異常さを白鵬も感じとっていたと思う。さらに優勝インタビューの最中には少量であるが座布団まで飛んだ。白鵬はその時点で、日本人になることの困難さを味わっていたと思う。さらに言えば横綱審議委員会の訓戒とは比較にならない程の大衆の怖さを、「モンゴルに帰れ!」という言葉で痛烈に味わったと思う。これが白鵬の涙の直接的な原因だったと思う。そしてその涙は、二つの祖国を持つ者だけが味わう強烈な自己矛盾ではなかったかと思う。

 以上の二つのニュース、つまり上田正昭と白鵬に関連して、私の関心はさらに二つのことに発展して行く。一つは我が国固有文化と国際標準との関係、二つ目は難民受け入れの問題である。上田は古代に起きた朝鮮半島からの移住民(一説によると百万人単位の規模だったらしい)を帰化人と呼ぶのは相応しくなく渡来人と呼ぶべきだと主張した。では日本人横綱の記録を次々と更新する現代の大横綱白鵬は、上田の言う帰化人なのか、或いは渡来人なのか。また、古代多くの移住者を受け入れた日本。そして今中東や周辺国の政情不安が我が国にもたらす難民への不安。これらへの日本の対応について、私なりに考えて見たい。
<つづく>

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