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zoom RSS 能登真脇のこと <その1>

<<   作成日時 : 2017/03/01 21:41   >>

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 昨年(平成28年)10月、思い立って能登半島を3泊4日で一周した。能登で見ておきたいところが幾つかあり、その一つに真脇縄文遺跡があった。珠洲市で道に迷い、本来なら富山湾側から真脇に入る予定が、反対の山側から真脇遺跡公園に入ることになってしまった。ナビに従って暫く山中を走ると急に視界が開け、いきなり真脇湾が眼下に現れた。時計は10月20日、午後1時を指していた。

 真脇の縄文遺跡を見たいと思ったきっかけは、狭い丘陵にある小さな真脇集落で縄文人が、なんと4千年に渡る生活を営んでいたという事実にあった。4千年と一口にいうが大変な時間である。例えば今年は西暦では2017年、日本の皇紀では2677年になるが、その約二倍もある長さなのである。縄文人は、その気の遠くなるような時間を、真脇湾を見下ろす丘陵集落で累々と暮らし続けていたのである。

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          <山側から見た真脇遺跡>

 当時の平均寿命を仮に35歳と想定し、15歳で子を産み30歳で代替わりしたとすれば優に130代に渡って、生き代わり死に代わりして生活を続けていたことになる。現在の今上天皇は、約2700年の皇暦(すめらこよみ)上では、第125代の天皇に当たる。したがって4千年続いた真脇縄文人の暮らしは130代から優に200代を超える家系が営々と続いていたと思われる。移動の激しい現代社会では考えられない定住生活が続いていたことになる。私はこのことに驚愕、感動すると同時に、その世界に大きな関心を覚えるのである。

 もう一つ凄いことは、真脇縄文人が過ごした4千年は、その後に始まったヤマトの歴史と年代的に継続しているということである。我々は6千年の歴史を遡れる生活の跡、つまり遺跡を数多く日本列島に埋蔵させた世界的に稀有な民族といえる。さらに言えば、世界四大文明に匹敵する歴史を有した民族であるともいえる。気の早い人は、もはや縄文文化を入れて世界五大文明と称すべきだと言及しているぐらいなのだ。さらに注目すべき事実は、縄文文化が国外からも高い評価を得ているということである。

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           <海側から見た真脇遺跡>

 私は上記の文明のことに興味がないわけではないが、むしろ4千年という生活空間で信奉されてきたであろう世界観、あるいは人生観といったものが大変気になる。現代を生きる我々のそれとは全く違うものと思うからだ。真脇集落の人達の世界観は、いったいどのようなもので、人々はどのような生活信条の下で何を心の糧として暮らしてきたのであろう。つまり「そうか、そのような世界や暮らし方もあるのか」という、いわば隣家を覗いて見たいと思う心に近い興味である。

<つづく>

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