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zoom RSS 能登真脇のこと <その6>

<<   作成日時 : 2017/08/01 21:04   >>

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 ここまで書いて来て思い出すことがある。歌人斎藤茂吉が柿本人麿の終焉の地を数年かけて探索した話である。その際茂吉が頼ったものは和歌三首であった。人麿が臨終の時に詠んだ一首とその妻が夫の死に接し詠んだ二首である。茂吉はこの歌の解釈を元に遂に湯抱(ゆがかい)の鴨山にたどり着いた。導いたのは歌人としての勘である。同じ歌人として時空を超え人麿夫妻と歌の世界を共有したのだ。茂吉はこの結果を昭和9年に『鴨山考』として発表した。戦前この書は多くの人に感動をもって読まれた。

 ところが戦後になり茂吉が他界すると、世の人麿研究家は一斉に独自の人麿終焉地説を発表し始めた。彼らは共通して茂吉の探索方法の非科学性を批判した。和歌の解釈になんら科学的な根拠はないという反論である。実は私は数年前に岩見銀山の帰途、湯抱を通り茂吉の鴨山を偶然知った。その縁で帰宅後『鴨山考』を読み、茂吉の情熱に感動したことがある。ただ和歌の解釈をベースにした探索が果たして妥当か正直心に引っ掛かるものがあった。ところが最近少しその見方が変わって来た。自分が現代学問の科学万能信仰にどっぷりと浸りきった結果ではないかと思うようになったからだ。

 科学的精神と同じ類のことにダウィーンの進化論がある。すべからく世は進歩せねばならないという論は本当に普遍性があるのだろうか。真脇縄文人が4千年の定住生活を可能にしたのは進歩に極めて用心深かったせいではないか。現代のように変化の激しい時代であれば、とても4千年も定住が続く訳がないように思う。そう思い折口の著作を当たると進歩や未来に関する記述が見当たらない。後で判ったことであるが、民俗学者の鳥越浩之氏によれば民俗学では未来は扱わないらしい(『柳田民俗学のフィロソフィー』「1章近代化論」東京大学出版会、2002年3月20日)。

 たしかに折口の著作には未来に関する記述はない。僅かに『古代生活の研究』の「生活の古典」の中で従来のしきたりを変えることへの記述がある。そこで折口は以下のようなことを述べている。日本人は旧来のしきたりを変えることに慎重であった。若い人の訴えで変えることもあったが、変えて結果が悪ければ直ちに旧に復することが鉄則であった。現状を変える前提として、変えた結果そこに善を見出せるかが条件であった。善とは集団(郷党)生活の維持つまり神への冒涜がないことで、一見不便に見えても旧様式には積善があるという考え方である。どうやら不変は日本人の大事な価値観の一つであったようだ。

画像

     湯抱にある「鴨山記念館」前にある茂吉の句碑。
         (2013年10月に訪問)
      夢のことき「鴨山」恋ひてわれは来ぬ
          誰も見しらぬその「鴨山」を  茂吉

 話を茂吉に戻すと、茂吉にとって鴨山が真の終焉地かどうかは勿論重要である。しかしさらに重要なことは、どのような場所であったかであろう。真の終焉地が特定されてもその後の地殻変動や開発などで、当時の情景がそのまま在るとは限らない。人麿の心情を研究する者にとり当時の情景(を有した場所)こそが大事である。同様のことは折口の古代研究についても言えよう。物理的な真実も大事であるが、さらに大事なことは古代人の心意である。古代人が何を崇め、何を恐れ、何を信じ、何を愛したかが大事で、そこに現代の科学的合理精神が入り込む余地は少ない。折口もこの件について自戒を込めて次のように述べている。

 古代を考へるものが、ある年数を経た後世の合理観を多量に交へた記録にたよる程、却つてあぶないものはない(『折口信夫全集2』「古代生活の研究」「常世の国」「ふる年の夢・新年の夢」中央公論社、1995年3月10日)

 折口の言う「ある年数を経た後世の合理観を多量に交へた記録にたよる」危険性であるが、これは記録だけでなく研究者の潜在的な思考法も該当する。柳田民俗学はこれを排除するために徹底した帰納法に基づく発生学的なアプローチをとる。しかし、それでも民俗学で最も難解である心意伝承部分が、かつて家永三郎に方法論として個人芸の域を出ていないと批判された。

 私は現代の学問を否定するつもりはない。茂吉の例で言うならば、真の終焉の地が判明することは大変価値がある。明確でなかった人麻呂の岩見での役職やその地位、職務内容を考える上で重要であるからだ。ただ古代研究では当時の文献がないことも多く、従来の文献学的なアプローチでは限界が生じる。暮しは心と物の双方で成立する。しかし現代考古学では人間の心を土器や土偶などの出土品から推測する。前述した環境考古学にも生活者の内面(心)に直接入り込むようなアプローチはとらない。

 では現代の心理学はどうかという反論があろう。これも民俗学のあつかう心(意)とは大きく異なる。私見になるが心理学は臨床統計学の域をさほど出ていないように見える。民俗学の心(意)は常民(庶民:個人ではなく集団)の心の発動メカニズムにあり、民俗学はそれを捻出する手法のようなものを創意している。上手く言えないが現代学問が分析的アプローチをとるのに対して、民俗学は一種の文学的アプローチとも言える方法をとる。この辺りが現代学問の研究者には理解されない。その代表が前出の家永三郎であろう。

 「文学的アプローチ」と書いて驚いた方もいると思うが、実はそれを解析した良書がある。私は長年柳田民俗学の方法論を分かり易く解明してくれる本を探していたが最近ようやくそれを手に入れることができた。前述した鳥越浩之氏の『柳田民俗学のフィロソフィー』である。鳥越氏はこの命題を明快に解析している。私はそれを読み仰天してしまった。なんと柳田民俗学に低通するものは国学であり「歌学」であると断定しているのだ。

 西洋学問の根本を成す理念は自然科学つまり「科学」である。ところが日本国学の理念は「歌学」なのだ。同じ「カガク」であるが学問的な理念は全く異なる。これを私なりに解釈すると、西洋と日本では学問の対象がまったく別なのである。「科学」の研究対象が物であるのに対して「歌学」は人間特に日本人の心ということになる。前章で述べた明治以前の日本社会と西洋社会があべこべなのも、この固有学問の対象が異なるところに起因するのではないかとも思えてくる。

<つづく>

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