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zoom RSS 小林秀雄の俳句観を探る <その3>

<<   作成日時 : 2019/01/15 23:43  

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 小林のいう「誰の心のなかにも持続しているもの」「そこに立ちかえること」という言葉は、日本の短詩形を考える上で重要な示唆を示していると思う。さらに小林は、「そこに立ちかえる」のは「私の意志ではないのです、記憶がやるのです」という。この「我々の持続している記憶によってなされる」という解釈が大変面白い。つまり「持続している記憶」とは紛れもなく日本人の持っている伝統的な精神文化ではないかと思う。さらに小林は一般の俳句鑑賞や、句会の選句も同様に記憶によるよるものが大きいと考えていたようである。例えば、骨董屋の話も、作品の上手下手ではなく彼との交友の記憶による鑑賞を喜んでいるからである。不易と異なることは「誰の心のなかにも持続している」記憶ではない点であろう。

 そう言えば昔、ある本で「結婚相手は相手に懐かしさを憶える時に成立する」という話を読んだことがある。つまり、伴侶として結婚生活を長くやっていけそうだという気持ちは、相手に「懐かしさ」を感じる要素が大きいというもので、妙に説得力があると感心したことがある。この場合の懐かしさも過去の記憶、例えば優しかった祖父母や叔父叔母、両親、あるいは親しかった隣人の記憶が無意識のうちに醸し出すものであろう。大事なことはその「懐かしさ」の記憶に潜む、その人達と共有して来た価値観であろう。この話は小林の「誰の心のなかにも持続しているもの」「そこに立ちかえること」に一脈相通じる話ではないだろうか。

 話を小林に戻したい。小林が不易を、このように捉える背景に本居宣長の影響があるという話はすでに述べた。ただ、ここで私が真っ当な本居宣長論を述べることは不可能であり、かつ僭越でもある。なにしろ小林の晩年を独占した男である。しかし、言えることは千年以上続いてきた日本の短詩形を考える際、小林が宣長から学んだものは大変貴重なものだし、日本の短詩形が今後進むべき方向を考える上でも大変示唆に富むものである。このため、小林の俳句観と宣長に焦点を絞り分かり易く述べてみたい。

 小林秀雄は近代の文芸評論の確立者として知られている。彼の文芸批評の特徴を一言で言えば「褒める」ことにある。口の悪い小林の講演記録を聞いていると、この特徴は意外に思う。しかし、これは先に上げた岡潔との対談集の中で、自ら述べていることなのである。小林は多くの評論家の評論を読み、また自身の評論経験から評論精神のあり方と、その方法を研究して来た。その結果、評論の極意は悪口ではなく賛辞であることに気付き「批評とは人を褒める特殊な技術」と喝破する。その結果「人を、けなすのは批評家の固有技術ではなく、むしろ批評精神に反する精神的態度である」との境地に達する。

 小林はさらに、評論を行う際、その人を表面的に捉え、既定の物差しで画一的に批評することほど危険で失礼なことはないという。まず、その人の内面に入り込み、その思想的背景を理解することが大事である。特に古代や中世、近世の著作や人を論評する際、現在の時代感覚そのままで評論することほど愚かで本質を見失う評論はないとも言う。折口信夫が自著『古代研究』で同様なことを述べていることは大変興味深い。実は、この小林の評論姿勢は、本居宣長に重なるし、さらに言えば本居宣長の『源氏物語』の注釈姿勢とも重なるのである。

 宣長の『源氏物語』に対する注釈姿勢を述べる前に、『源氏物語』の注釈書一般について述べなければならない。『源氏物語』の注釈書として現在でも重要な位置を占めるのが、北村季吟の『湖月抄』である。『湖月抄』は江戸時代を通し明治まで多くの人々に読まれ、与謝野晶子が『源氏物語』の現代語版を偏する際の底本となった。面白いことに『源氏物語』の注釈書には分類があり、季吟の『湖月抄』までを「旧注(旧注釈書)」とし、『湖月抄』から僅か25年後に刊行された契沖の『源註拾遺』以後を「新注(新注釈書)」と分類している。

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        <契沖(釈契沖とも)1640〜1701>
    江戸時代中期の真言宗の僧であり、古典学者(国学者)。
    幼くして摂津、高野山で学び阿闍梨の位を得る。その後
    畿内を放浪し仏典、漢籍や日本の古典を数多く読む。
    『万葉集』の正しい解釈を求め、当時主流の定家仮名遣
    の矛盾に気づき、歴史的に正しい仮名遣いの例を『万葉
    集』『紀記』『源氏物語』などの古典から集め、分類し
    『和字正濫抄』を著した。これは「契沖仮名遣」と呼ば
    れ、後世の歴史的仮名遣の成立に大きな影響を与えた。
    (ウィキペディアより)

 この注釈書を新旧に分けているのは、どうやら国学者が関係しているようである。つまり国学者が『源氏物語』の見方を抜本的に変えたことによるもので、きっかけは国学者契沖が作ったようだ。契沖は旧注に属する注釈書に儒教や仏教の影響が色濃く表れていることを気にしたようだ。つまり、外来思想を背景にした解釈が、紫式部の著作意図を邪魔していることを憂い、『源氏物語』成立当時に戻った注釈を行うべきと主張した。この原典精神重視の考え方は、当時契沖が指向した文献学的実証主義に沿った考えであった。

 契沖のこの考えは、特に歌学において強調された。中世和歌以降多くの和歌に取り入れられた外来思想を排し、わが国本来の詠歌精神である万葉の精神に戻るべきと言うものである。その後、その精神は前田春満、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤などに引き継がれた。この原典精神に戻るという文献学的実証法は、当時勃興しつつあった国風(国家意識)が背景にあったようである。つまり思想は、その国の風土と習俗の必然から生まれるものであり、それらの異なるものから生まれた思想は、結局その民俗には馴染まないという考え方である。これは、この時代の呼吸のようなもので、元禄文化という第一次江戸文化興隆期の自信が生み出したものと思われる。因みに契沖は芭蕉と同時代人である。

 新注の発端となった契沖の『源註拾遺』は「拾遺」の名が示すように本格的な注釈書ではなく断片的であった。ただ注釈には外来思想を廃すべきという主張のみが、この著書の著作的意義であった。契沖はその後「定家卿云、可翫詞花言葉。かくのごとくなるべし」という藤原定家の言葉を引き、それ以上『源氏物語』には興味を示さなかった。つまり『源氏物語』は物語であって和歌ではないと言った定家に習ったのだ。

ただ定家は、物語を「可翫詞花言葉(詞花言葉をもてあそぶもの)」と表現したが、物語を貶めた訳ではなく、和歌とは異なる分野との意味合いのものであった。その上で契沖は、物語を正しく理解するには「只文華逸興をもて論」じてはならないとした。平たく言えば、和歌を評する要領で物語を評してはならないということであろう。後を継いだ馬淵もこれを守った。しかし宣長は契沖の言葉「只文華逸興をもて論ぜず」にどれほどの重みがあるかを、彼なりに探ろうとしたようだ。

 宣長の代表作は35歳から35年かけて成った『古事記伝』であろう。師である馬淵の影響もあり古事記に半生を掛けたが、その間『源氏物語』の注釈や『玉勝間』などの編纂も並行して注力したようである。68歳で『源氏物語』の注釈書『源氏物語玉の小櫛』を完成させ、翌年『古事記伝』を完成させた。宣長の『古事記伝』は周知のように、それまで正史『日本書記』の陰に隠れ存在すら希薄だった『古事記』の評価を一変させた。現在でも『日本書紀』を凌ぐ人気があるのは、ひとえに宣長の功績と言えよう。

 宣長の編纂方針は『古事記伝』に半生をかけたことでも分かるように、既成概念を排し、時間をかけ書籍を徹底して読込み、作者の内面に入り込むものであった。その上で作者の発想や思想を掴み取る、端的に言えば作者になりきることであった。小林が、その姿勢を「研究というより、むしろ愛読」と述べるほど宣長は『源氏物語』をしっかり読み込んだ。そして、ついに契沖の言葉「只文華逸興をもて論ぜず」を覆し、『源氏物語』をして「此物語の外に歌道なく、歌道の外に此物語なし」という結論に達した。つまり歌道に通じる心で書かれた物語であることを知る。そして宣長は、あの有名な「もののあはれ」という日本人の魂を、そこから掘り起こしたのである。

 因みに「もののあはれ」の初出は、『源氏物語』より約70年前に書かれた『土佐日記』にあり、「もののあはれ」を解しない船頭を揶揄する場面で使われている。つまり庶民は別として当時の殿上人は「もののあはれ」を解すことが共通の価値認識であり、嗜みであった。しかし、その言葉は、いつしか忘れ去られ、江戸期に至りようやく宣長により世に出たのである。これも宣長が作者紫式部の内面に入り込むことで得られたのである。つまり『源氏物語』は紫式部が一貫して「もののあはれ」を訴求し続けた物語であったことが、宣長によって解明されたのである。

 宣長が『古事記』『源氏物語』に半生を掛けたように、実は小林秀雄も本居宣長に半生を掛けた。宣長が原典を読むのに苦労をしたように、小林も宣長の著作に苦労した。辞書を片手に一字一句を噛みしめるように読み込んでいった。宣長も小林も孤独な作業を半生続けたのである。その結果宣長は紫式部と、小林は宣長と同等に話し合える間柄になった。そのような姿勢こそ、小林が宣長から学んだもので、二人の評論のやり方であった。

<つづく>

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