テーマ:山椒魚

Sさんのこと <その12、完結>

 <山椒魚蛇足4>  井伏鱒二が自著『山椒魚』を、どのように見ていたかについては諸説がある。ある現役の作家は盗作だと断言して憚らない。私はそのあたりはよく分からない。ただ井伏が最終章の会話部分を何故削除したのかはとても気になる。気になることのもう一つは、その削除が最晩年であったことだ。実はそのことを数日考えたことがある。その結果、私が…
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Sさんのこと <その11>

 <山椒魚蛇足1>  西洋では山椒魚をサラマンダー (salamander)と呼び、何故か火の中に棲む神秘的な魚として特別な扱いを受けている。私が調べた範囲では、その理由は二つあるようだ。一つは中世に欧州で流行った錬金術と関係する。つまり山椒魚を焼いて作った粉末が錬金術の重要な成分として重宝されていた。錬金術は近代科学が発達する以前に…
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Sさんのこと <その10>

 Sさんのかけいを見る目は確かだった。かけいの山椒魚は、当初大(おお)山椒魚であった。しかし、ある時から体長僅か7,8センチのヒダサンショウオに変わったのだ。この変化こそ、無文の「愚守」であるとSさんは見ている。かけいは「愚守」によって積年の挫折感から解放されたが、その後の生き方は私の予想をはるかに超えていた。つまり、かけいが目指したの…
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Sさんのこと <その4>

 Sさんの二冊の本を読むと対照的な生き方をした二人の人間像が浮かび上がる。つまり地方で慎ましく生きた女性俳人のHさんと、中央俳壇を常に意識していた俳人加藤かけいである。この対照的な生き方をした二人は、共に句集名に「山椒魚」を入れるほど山椒魚に心を寄せていた。しかし私が見る限り、その寄せ方は「思い入れ」と呼ぶにはほど遠く自分の生き方が何と…
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Sさんのこと <その3>

 前章でSさんの一文を「忽然と思い出した」と書いてしまったが正確ではない。冒頭に書いたように、その切っ掛けは私のある感傷にある。その感傷は前述した四年前の入院経験と密接に関係している。つまり、いつ逝ってもおかしくない晩節を迎え、どういう心構えで日々を過ごせばよいかということにある。そのような自覚のもとにその種の本を読みだしたとき、ふとS…
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Sさんのこと <その2>

 「PC俳句会」への投句は二年ぐらい続けた。だが次第に投句作品が互選から漏れるようになった。推敲すればするほど感情移入が強くなり、互選から外れる道理が当時は分からなかった。また重鎮たちの選評をよく読むと、どうやら句作には骨法らしきものがあることに漸く気が付いた。何回目かのオフラインミーテングでSさんに、このことを話すと良い結社があると、…
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Sさんのこと <その1>

 もう八年前になるが、Sさんから戴いた一枚の便りがある。長い間忘れていたが、何かの拍子にこの便りを思い出し、苦労して資料の山から探し出した。そして折に触れて、これを再読するようになった。理由はその中の一文がとても気になりだしたからだ。何故気になるのか、その理由はよく判らない。正直に言えば、それは喉まで出かかっているのだが言葉にするのが少…
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