テーマ:小林秀雄

小林秀雄の俳句観を探る <その3>

 小林のいう「誰の心のなかにも持続しているもの」「そこに立ちかえること」という言葉は、日本の短詩形を考える上で重要な示唆を示していると思う。さらに小林は、「そこに立ちかえる」のは「私の意志ではないのです、記憶がやるのです」という。この「我々の持続している記憶によってなされる」という解釈が大変面白い。つまり「持続している記憶」とは紛れもな…
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小林秀雄の俳句観を探る <その2>

 小林は神田猿楽町生まれの江戸っ子である。話に興が乗ると多少べらんめえ口調になる。小林の話、つまり骨董屋の俳句が面白いという話は、数学者岡潔を相手にさらに続く。  しかしそれは私でなければわからないのです。それがまたおかしな俳句が沢山あるんです。そいつはとても食いしん坊で酒飲みで、道楽者で、死んじゃったのですが、こういう俳句はどう…
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小林秀雄の俳句観を探る <その1>

 小林秀雄は俳句を嗜まなかったようだ。だから小林の著作には俳句の話はあまり登場しない。少なくとも私が読んだ範囲ではなかった。反面、和歌は多く登場する。だが小林は和歌も詠まなかったようだ。小林は戦中から晩年まで日本の古書を読み古人の叡智を探った。和歌についても晩年の大作『本居宣長』を通して、並みの歌人では太刀打ちできないほどの歌論に通じて…
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