『土佐源氏』考〈その二〉

 『土佐源氏』を読んだ衝撃で『土佐源氏』に関する書評を読むことにした。幾つかの書評から興味本位と思われるものを除き、佐野眞一氏の『旅する巨人』(文芸春秋社)と網野善彦の『『忘れられた日本人』を読む』(岩波書店)の二冊を選び読んでみた。宮本常一研究の第一人者でもあるノンフィクション作家佐野氏の著書からは、人間宮本の全貌と綿密な調査による『土佐源氏』の作品背景を知ることができた。しかし私が何よりも感銘を受けたのは網野善彦の著書であった。網野は日本中世史を専攻する歴史家であるが、若い時から民俗学に興味をもち特に宮本から大きな影響を受け、自分の歴史学の方法論は宮本から学んだと述懐するほど宮本に親炙していた。(佐野眞一『宮本常一』文芸春秋社)

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       < 網野善彦(1928年~2004年)>
    中世の職人や芸能民など農民以外の非定住の人々である
    漂泊民の世界を明らかにし、天皇を頂点とする農耕民の均
    質な国家観に疑問を呈した。また中世から近世の歴史的な
    百姓身分に属した者が農民だけでなく商業や手工業などの
    多様な生業従事者であったことを主張。また日本史学に民
    俗学からのアプローチを行い、学際的な研究手法を導入し
    た。(ウィキペディアより)

 その網野が『『忘れられた日本人』を読む』で淡々と展開する宮本論は、私の今迄の知識が如何に好い加減なものであったかを思い知る実に新鮮な内容であった。この事に関しては後述するが、今回宮本の『忘れられた日本人』を読んで考えることが幾つかあった。中でも次の二点が私の脳裏を離れなかった。

・宮本常一の「何」が当時の文化人・知識人の胸を打ったのだろうか。
・民俗学をめぐる柳田国男との関係。

 実は、そのように思ったのは私だけではなく、主として前者は網野が、後者は佐野氏が前述の著書で見事に掘り下げていた。この二点は現在私が抱えている「学問」というものを考える上で密接に関係する問題でもあったが、両書のお陰でかなり整理することができた。そして私は両者に共通する視座として柳田国男の『明治大正史―世相篇』を、改めて思い起こした。柳田はこの中で新しい論考視点を提示していた。つまり「新しい歴史観」、「新しい文学観」、「日本文化の見方」、「地方文化の在り様」である。宮本の『忘れられた日本人』は、まさにこの視座から書かれたものであったと思う。ここで各々の視点について簡単に説明すると以下のようになる。

・新しい歴史観→従来の為政者視点つまり権力者の変遷という視点
 ではなく、庶民がどのような生活をしていたのかという今迄重要視
 されて来なかった視点。
・新しい文学観→端的に言えば民間伝承に文学性の高さを発見する
 という視点。
・新しい日本文化の見方→イデオロギーに左右されない庶民の真の
 願い(例、「家永続の願い」)を大事にする視点。
・地方文化の在り様→端的に言えば地方文化の多様性を大事にす
 る視点。

 この四つの新しい論考視点に低通するものが「庶民(民俗学では常民と呼ぶ)」なのだが、「庶民志向の視点」などの月並みな表現より、これを適切に表現した司馬遼太郎の文章があるので、孫引き(佐野眞一『宮本常一』河出書房新社)になるが以下に紹介する。

 人の世には、まず住民がいた。つまり生産を中心とした人間の暮らしが最初にあって、さまざまな形態の国家はあとからきた。忍び足で、あるいは軍鼓とともにやってきた。国家には興亡があったが、住民の暮らしのしんは変わらなかった。そのしんこそ「日本」というものであったろう。そのレベルの「日本」だけが、世界中のどの一角にいるひとびととも、じかに心を結びうるものであった。そのしんが半ば以上ほろび、あたらしいしんがまだ芽ばえぬままに、日本社会という人間の棲む箱は、こんにち混乱をつづけている。しんは半ば亡んだが、しかし宮本学は私どもに遺された。それだけでも望外な幸運として、私どもはよろこばねばならない。(「「宮本学」と私」〈『宮本常一―同時代の証言』観光文化研究所、’81・5/マツノ書店より)

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         <宣教師ルイス・フロイス>    
  1563年長崎に上陸しキリスト教の布教活動をしたポルトガルの
  宣教師。日本に約三十年滞在しこの間、信長、秀吉とも対面、
  特に信長に可愛がられた。秀吉の伴天連追放令で一時マカオ
  に滞在するが直ぐに日本に戻り長崎で没した、六十五歳。
  著書は中世日本を知る貴重な資料となっている。

 半ば結論を先に述べることになるが、司馬遼太郎を魅了した宮本常一の「何」は、これであった。司馬の「しん」は「忘れられた日本人」そのものであり、その代表選手が土佐源氏であることが分かる。

 網野は自分の持つ豊富な学識から宮本学を分かり易く解説してくれる。例えば『土佐源氏』に関連して男女間の習俗については、ルイス・フロイスという欧州人が、十六世紀後半頃に書いた『ヨーロッパ文化と日本文化』という本の記述をもとに以下のように書いている。

 「ヨーロッパでは未婚の女性の最高の栄誉と貴さは、貞操であり、またその純潔が侵されない貞潔さである。日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても、名誉も失わなければ、結婚もできる」さらに「ヨーロッパでは、妻を離別することは、罪悪である上に、最大の不名誉である。日本では意のまま幾人でも離別する。妻はそのことによって、名誉も失わないし、結婚もできる」、また「ヨーロッパでは娘や処女を閉じ込めておくことはきわめて大事なことで、厳格におこなわれる。日本では、娘たちは両親にことわりもしないで、一日でも幾日でも、ひとりですきなところへ出かける。ヨーロッパでは妻は夫の許可が無くては、家から外へ出ない。日本の女性は夫に知らせず、好きな所に行く自由をもっている。」などとフロイスはいっていますが、これは本当のことだろうと私は思っています。(『『忘れられた日本人』を読む』)

 網野はフロイスのこの記述にいったんは驚愕するが『忘れられた日本人』を読み、次第に納得し次のように述べている。

 最初にもふれましたように、少なくとも江戸時代以降の日本の社会では男性がすべての権利を独占しており、女性は男性の意思のもとに完全に屈従させられていたとこれまでは考えられてきました。しかしこれはおそらく明治以後の法制がつくりだした虚像であり、社会の実態はかなり違ったのではないかと思いますが、そうした考えをもつにいたる経緯で、私はこの宮本さんの本に強く影響されました。(『『忘れられた日本人』を読む』)

〈つづく〉

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