テーマ:俳句

芭蕉会議十周年記念パーティー

 12月2日(土曜日)芭蕉会議の十周年記念パーティーがあり、パーティー直後の集合写真をつゆ草さんが送ってくれました。  パーティー直後のことで懇親会に出席されなかった方には紹介できませんでしたが、画面中央、根本さんと尾崎さんの間(先生の左上)の麗人が、日頃お世話になっている㈱カルテモの向井容子さんです。  所用繁多の中駆けつけて頂き…
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Sさんのこと <その9>

 山椒魚はどこか哲学的である。ただし、この場合の山椒魚は大山椒魚(おおさんしょうお)に限られる。実は日本の山椒魚は16種類と種類が多い。小さなものは5センチ前後から大山椒魚のような1メートルを超えるものもおり、中には木に上るものまでいる。その中でも大山椒魚は別格で、その巨体には威厳さえ感じられる。日本では愛知県以西の山間部清流にのみ生息…
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藤袴の花

藤袴<ふじばかま> 撮影地:赤城山自然園   撮影日:2014年9月30日 <一枚目> <二枚目> <三枚目> <おわり>
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Sさんのこと <その8>

 昭和二十年代後半から三十年代は俳壇史を語る上で重要な時期である。Sさんの凄いところは、この時期の俳壇の動きを正確に分析し、かけいの心理を推量していることである。私見ではあるが、この時期の特徴を一言で言えば、商業ジャーナリズムが新興俳句系の若手俳人を相手に、新しい風(根源俳句や社会性俳句運動、前衛俳句論争)を吹かせたことにある。その結果…
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Sさんのこと <その7>

 かけいの「言挙げ」は、まず秋櫻子の「馬酔木」を離れ、山口誓子の「天狼」に拠ることから始まった。「天狼」の創設は昭和二十三年一月であるが、Sさんによれば、その準備は一年前から周到に進められたようである。誓子の当時の師は秋櫻子である。秋櫻子は俳壇幹部として当時戦争責任を一部の若手俳人から追及されていた。特に『第二芸術』論争に加わった若手の…
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Sさんのこと <その6>

 俳人加藤かけいが俳壇の山椒魚にたどり着くには、もう少し話を続けねばならない。秋櫻子の下に移ったかけいは、間もなく「馬酔木」同人になり前途に漸く光が射すかに見えた。しかし人生はそう甘くはなかった。待ち受けていたものは戦争という最大級の歴史の波であった。この大きな波は人間の生き方を根本から見直すことを様々な局面で要求した。恵まれた生い立ち…
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Sさんのこと <その5>

 さてもう一人の俳人、加藤かけいである。加藤かけいを理解するには骨が折れる。何故かと言えば、この方は根っからの俳人だからである。この人の一番いけないところは、生涯定職をもたなかったことだと思う。少年時代に兄が俳句を詠んでいた影響で、新聞や俳句誌に興味半分で投句していた。あるとき当時俳壇で重きをなしていた大須賀乙字から、かけいの俳句素質を…
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Sさんのこと <その4>

 Sさんの二冊の本を読むと対照的な生き方をした二人の人間像が浮かび上がる。つまり地方で慎ましく生きた女性俳人のHさんと、中央俳壇を常に意識していた俳人加藤かけいである。この対照的な生き方をした二人は、共に句集名に「山椒魚」を入れるほど山椒魚に心を寄せていた。しかし私が見る限り、その寄せ方は「思い入れ」と呼ぶにはほど遠く自分の生き方が何と…
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縄文文化の独自性 ー俳句の源流ー

 過日、「芭蕉会議」白山句会で、海紅先生が俳句創作時の心構えとして芭蕉の言葉を引用された。  花と向き合うときに、その花を信頼しなければ、花はきっと恨みに思う。その信頼が詩情を生む。花を信頼して何かを尋ねてみるとよい、必ず答えてくれるから。表現はそれに素直に従えばよい。(嵐雪・或時集序)  この芭蕉の言葉は、西洋的な芸術観や…
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飴山実のこと その5

 以下俳壇と俳句のことを書くつもりでいるが、筆が進まない。進まない理由は明らかである。俳壇の実態がよく分らないのだ。俳壇が一枚岩でないことも理由の一つかと思う。先日ネットで調べてみたら俳句に関する大きな団体が、なんと六つもあった。「現代俳句協会」「俳人協会」「日本伝統俳句協会」「国際俳句交流協会」「世界俳句協会」「日本学生俳句協会」であ…
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飴山実のこと その4

 以上が飴山の語ったあらかたの論旨である。良い悪いは別にして論理は明快である。つまり秋桜子以降を「ヘボ筋」、虚子俳句(ホトトギス俳句)を「本筋」としているのである。このような論が飴山によって展開されたとあっては、もとよりホトトギス俳句の宇佐美には異論はない。また川崎にしても同様であろう。何故なら川崎はこの年(昭和五十五年)は長年所属した…
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飴山実のこと その3

 十月十七日、久し振りに新宿百人町の俳句文学館を訪れた。雑誌『俳句』昭和五十五年一月号は直ぐに見つかった。問題の鼎談記事は頁数にして十三枚、帰宅の電車内で一気に読んでしまった。私は密かに飴山實と川崎展宏の論争を期待していたが、その期待は見事に外れた。何のことはない鼎談は一方的に飴山が喋りまくっていた。川崎は飴山の合の手を努めるのが精一杯…
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飴山実のこと その2

 私の手元に『稲』という表題がついた古めかしい小冊子がある。この三十頁に満たない冊子は行きつけの居酒屋の飲み友達に貰ったものだ。友達とはいえ私とは一回り以上も歳上の熟年者である。共通の話題は俳句で、老友は青年期に沢木欣一の『風』に投句したことを誇りにしている。  以下は余談である。私が俳句を始めた頃、俳句雑誌で沢木欣一の特集があっ…
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飴山実のこと その1

 最近、ふとしたことから飴山実の俳句観を知り、その内容に驚くと共に飴山実について、さらなる掘り下げをして見たいと思っている。驚いた理由は、私が十八年掛かって辿りついた、言わば我が俳句境地と似ていたからである。  私は俳句を始めて今年(平成二十七年)で十八年目になる。最初はパソコンの俳句サイトを介して自己流俳句の投句を楽しんでいた。…
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円の発想 <その3>

 日本人がもつ二つの人種の特徴とは何であろうか。私は端的に次のように思っている。先ず縄文的とは「平等」の思想であり相互互助の精神で、弥生的ということは「不平等」であり区別の精神である。良い意味で前者は心の安寧を、後者は進歩を日本人にもたらしてきたのではないかと思う。両者の特徴は夫々における長年の生活環境に起因していると思われる。縄文人の…
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円の発想 <その2>

 数年前から、ふとしたことで古代出雲に興味を持つようになった。最初は古代製鉄施設「たたら」への関心から奥出雲に関する著書を読む程度であった。ところが数年前その過程で出雲の荒神谷・加茂岩倉遺跡の考古学的大発見を知り、興味の範囲が古代出雲全般、さらには古代日本そのものへと広がってしまった。また俳句をかじっていた関係で積年日本人の源流というも…
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円の発想 <その1>

 俳句を始めて、かれこれ十七年になる。最初は俳句を作ることに夢中であったが、そのうち主宰の選が気になりだした。つまり主宰が、どのような基準で俳句作品を評価しているのだろうかということである。実は、それまでに一生懸命推敲し自信をもって臨んだ句が主宰に採られないケースが続き、むしろ数合わせに出した句、ある意味でどうでもよい句が案外採られると…
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恐ろしい痛恨の思い<1>

 時々、子規と虚子の関係を考える時がある。また、そういった視点で文献を当ってみたりもしている。二人の関係は不思議な関係である。漱石・子規もそうであるが、現代人には無くなってしまった明治人の懐の深さのような関係を感じる。彼らの関係を見ると現代人の関係が如何に短絡・打算、且つ直情的であるかを思い知らされる。世を挙げてデジタル化が進んでいるが…
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木綿以前の事

 昨年二月、長年お世話になった俳句結社を辞した。辞めた理由は幾つかあったが、その一つに俳諧(連句)があった。俳諧といっても、その式目(俳諧のルール)の習得とかではない、また「俳諧を極めたい」という大袈裟な目的があったわけではない。少し気取った言い方になるが、「俳諧のこころ」について知りたいと思ったのである。その背景には、世の俳人がこぞっ…
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二船出航

 過日、といっても相当前の話であるが、ある友人から現俳壇における男性俳人の成員構成について、面白い話を聞いた。その友人は、現代の俳句を詠む男性には大きな偏りがあるという。それを「二船出航」というらしい。初めて聞く言葉だったので、それはどういうことかと問いただすと彼は、「誰が言い出したか分かりませんが」と前置きをし、次のように話してくれた…
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林住期 <その1>

 数ヶ月前、古い句友から久しぶりのメールがあった。そのメールの最後に、座五が「林住期」という俳句が記されていた。私はこの「林住期」がよく判らず、多分「○○忌」という季語の変換ミスであろうと思い直した。丁度四月だったので、歳時記を繰り「虚子忌」の傍題に「椿寿忌」があるのを見て、発音がやや近いからこの季語の変換ミスだろうと見当をつけた。そし…
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はじめまして

はじめまして、げったむです。 俳号は 伊藤無迅(いとうむじん)という厳(いか)めしい号ですが心優しき男です。 現役を引いてから数年経ちますが、未だいろいろな面でやり残したことがあるような、 ないような落ち着かない心境が続いています。 明確なことは、 ・俳句を詠んでいるとき ・酒を酌み交わしているとき ・自然の中…
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