テーマ:契沖

小林秀雄の俳句観を探る <その3>

 小林のいう「誰の心のなかにも持続しているもの」「そこに立ちかえること」という言葉は、日本の短詩形を考える上で重要な示唆を示していると思う。さらに小林は、「そこに立ちかえる」のは「私の意志ではないのです、記憶がやるのです」という。この「我々の持続している記憶によってなされる」という解釈が大変面白い。つまり「持続している記憶」とは紛れもな…
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能登真脇のこと <その7>

 折口学を頼りに本論をスタートさせたが『古代研究』を読み進めると民俗学の実証法が学問的に納得いくものなのか多少不安になってきた。これは私が今まで民俗学に抱き続けて来た不安でもある。つまり『古代研究』の奔放な発想が気になって来たのだ。このため『古代研究』をいったん横に置き、鳥越氏の『柳田民俗学のフィロソフィー』を読み進めている。その上で本…
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